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Vol.059 普通に遅刻です

Vol.059 普通に遅刻です


2018年06月26日更新



数秒、あるいは数分の遅刻というのは、1時間の遅刻よりも質が悪いです。
1時間の遅刻には「理由」があります。
部活が長引いた、寝過ごしてしまった、病院に行っていた・・
やむを得ない事情から、それはいかがなものかという事情まで、内容は様々ですが、そこには「理由」があります。
その「理由」は個人によって異なりますし、遅刻そのものが問題なわけではありません。
しかし、数秒、あるいは数分の遅刻に関しては違います。
これは「意識」の問題であり、放置しておくことは出来ません。
こうした遅刻をする生徒は「遅刻しても構わない」という気持ちが心のどこかにあります。
つまり、明確に引かれている「境界線」を「意識」できていないということ。
これが最大の問題なのです。
こうした生徒に遅刻の理由をたずねたとき、典型的なのが「普通に遅刻です」という回答。
この回答をしている時点、させている時点で重症です。
間違いなく「意識」面に問題がありますから、改善にも相当な時間を要します。
周囲の大人がしつこく、しつこく、しつこく・・言い続けるしかありません。
「境界線」について、もう少し書きます。
例えば、「ギリギリ不合格だから許される」というのは受験には存在しません。
(補欠合格は、ギリギリ不合格ではなくて、ギリギリ合格です)
受験は、ある意味では残酷で「こちら側」と「あちら側」の「境界線」が明確に引かれている世界。
実は、受験に限らず、社会とはそういう場所です。
実際にはそうなっていない場面が多々あるので、実社会で活躍するためには「バランス感覚」が求められますが、少なくとも建前は、そういうことになっています。
ゼロかイチで定義できなければ、「仕組み」を構築できないからです。
ですから、社会に出る準備とはこの「境界線」をしっかりと「意識」し、それに合わせた行動ができるようになるということでもあります。
今後、AIによって社会の「境界線」の姿は変わるでしょうが、人が組織的に活動する存在である以上、「境界線」そのものがなくなるとは思えません。

なんにしても「意識」。
これが変わらないことには、未来の行動が変わることはありません。
未来の行動が変わらなければ、結果も変わりません。
「時間を守る」というのは、大半の生徒にとっては本気になれば必ず出来ることなのです。
「意識」のないところに変化も成長も成績向上もありません。
まずはこうした「当たり前」を徹底するところから、塾の勉強は始まります。