Blog

Vol.248 親世代の教育観

Vol.248 親世代の教育観



2022年03月15日投稿
2022年03月15日更新



中学生や高校生の子を持つ親の年齢は何歳くらいでしょうか?
仮に中学3年生だとすると、子が生まれたのは15年前ですから、出産は2000年代後半です。
その頃の統計データによれば、第1子出生時の母親平均年齢がおよそ30歳。
全国平均ですから、都市部ではもう少し年齢が上がるものと推測されます。
そう考えると中高生の親は、40代後半の方が、最も多いのではないかと思われます。
1975年前後に生まれた方々です。

時代背景が知らず知らずのうちに、教育観に影響を与えます。
この世代が持つ教育観とはどんなものなのか。
日本の教育史と一緒に簡単に振り返ってみます。
もちろん、個人差はかなりありますので、あくまでも傾向としてのお話です。

もう少し上の世代、1970年代に小中学校時代を過ごされた方は、俗に「新幹線授業」と言われる戦後最も厳しい学習指導要領で学ばれています。学校の授業についていけない児童生徒が続出し、一部の学校において校内環境は荒廃しました。3年B組金八先生がヒットしたのは1979年ですが、こうした時代背景を上手くとらえた作品であったからだと言われています。
当時、学習塾は今のように市民権はありませんでしたが、このカリキュラムについていけない子供たちが続出したことで、1970年代後半から学習塾が全国各地に増え始め、学習塾は急速に市民権を得るようになります(学校授業のハードさは1980年頃から次第に緩和していきます)。
私は約20年前からこの業界にいますが、当時の保護者様と比べて、今の保護者様は非常によく学習塾のことをわかっておられるなと感じています。それもそのはずで、現在の親世代は学習塾が日常風景にある環境で生まれ育っているのです。

経済面で言うと、1980年代は比較的豊かな時代であったと言えそうです。日本の未来の先行きにはそこまで不安感を抱かず、将来は何とかなるだろうという楽観的な気持ちで、小中学校時代を過ごされていた方が多いのではないでしょうか。海外への漠然とした憧れはあっても、海外で仕事することを前提とした生き方というのは、一般的ではありませんでした。名前の知られた大学に進学して、日系の一流企業に就職することを、多くの人は期待していたのではないでしょうか。

子どもは多かったですから、受験競争は苛烈でした。
現代と比較すると、子どもの数に対して大学数がはるかに少なかったため、「Fラン」大学などという区分もありませんでしたし、「大卒」それ自体に一定の価値がありました。「どこでもいいなら誰でも大学生になれる」は通用しない時代でした。合格後、遊んで暮らす大学生は今より多かったように思いますけど・・。
「大学受験競争は厳しいが、難関大学に合格さえしてしまえばこっちのもの」
こんな常識を持った方が多いように思います。たしかにその時代はそうだったのです。
しかし、その先に非常に厳しい現実が待っていました。

就職氷河期です。
大卒者の就職率は1991年の81.3%から2003年には55.1%にまで低下。高卒者にいたっては、規模500名以上の企業における求人数はこの間、約10分の1にまで低下しています。
それが、この世代の価値観にどんな影響を与えたかと言うと、「勝ち組」「負け組」といった区分で物事を考える思考なのではないかと思います。当時、定職に就けず、20代という最も貴重な期間に仕事を通じて成長することが出来なかった若者が続出しました。そうなった当時の若者がどうなったかというと、40代の今になっても貧困状態から抜け出せず、苦しんでいる人がたくさんいます。そうした同世代を少なからず見てきているはずですから、子どもたちを同じようにはさせたくないと、必死になる親も多いです。今は就職活動に親が関わることも珍しくなくなってきており、大学生の子どもの面接についていく親までいます。
「東証一部上場ホワイト企業に内定させます」なんて就活塾に、人がたくさん集まっているようですが、そういう価値観、ほんとそろそろ止めた方が良いと思うのですけどね・・。

いまは若者人口が減っており、学生の売り手市場ですから、親世代が就職活動を行っていた当時とは状況がまったく違います。
だからこそ、「どこの会社に入社するか」よりも、「その会社でどんな成長ができるか」を真剣に考えるべき時代だと思います。社会人になってからの成長の土台になるのが、「学生時代に何を学んだか、どんな経験を積んだか」です。
そのように豊かな大学生生活を送るためには、興味関心に合った学部選択をすることが肝心なのですが、この点に親世代と若者世代の価値観にギャップを感じることが多いです。
主観ですが、親世代は東京都であればGMARCH※以上の入学難易度の大学に合格してもらえると納得、みたいな価値観の方が多いように思います。
(※学習院、明治、青山学院、立教、中央、法政のそれぞれの大学の頭文字をとったもの)
高校生の進路指導をしていると、早慶やこのあたりの大学名を挙げてくる生徒がとても多いのですが、親の価値観の影響なのではないかなと思うこともしばしば・・。
合格基準偏差値の高低は、その大学の価値を推しはかるのに最もわかりやすい物差しですが、その数字が意味しているのは、単に入学難易度です。
高校と違い、大学はそこで何を学ぶのかの方がはるかに重要ですから、私たちは高校生に「偏差値」ではない選択基準を持ってもらいたいと思っています。学びたい学問について色々考えた結果、早慶やGMARCHといった大学を希望するようになることはよくあります。
それは悪くないと思います。
ただ、「とりあえずGMARCH」のようにして、大学合格を目指すのはあまり意味がないばかりか、その先の就職活動においても、「とりあえず大手金融機関」のようになってしまう可能性が高く、あまりお勧めはできない考え方です。
そもそも、親が知らず知らずのうちにそうした価値観を押し付けていることも多いので、気をつけたいところです。


この記事をシェアする