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Vol.044 良い「価値観」が良い人間関係の土台になる

Vol.044 良い「価値観」が良い人間関係の土台になる


2018年03月06日更新



あいさつをする、御礼を言う、時間を守る、むやみやたらに人の悪口を言わない。
プラスジムではそんな「人として当たり前のこと」を大切にしています。
例えば、教室の講師を食事に連れていくことがあるのですが、そんな機会があったときは後で私に御礼のメールを送るように半ば強制しています。
色々な「考え方」を持った人間がいます。
まれに、そんなことは重要ではないと考える人もいます。
そんな「頭の中」は百もお見通しですが、それでも言い続けるようにします。
こうしたことに関して、迎合する気は全くありません。

例えば、中学生の息子が金髪の友人を家に連れてきた。
こんなとき、両親はどのように対応するのが正解なのでしょうか?
「あんな友達とは付き合うな」と言い聞かせるべきなのでしょうか?
そんな風に言ったところで、息子が聞く耳を持たないであろうことは目に見えています。
親にそのように言われたからという理由で、友人関係を断てる思春期の息子であったとしたら、それはそれで将来が心配です。
外見に問題があっても、誠実で心の温かい人間はいます。
その逆もまた然り。
名門校に通い、身なりが良くて成績優秀でも、驚くほどに不誠実で冷淡な人間もいます。
確率的な傾向はあるにしても、表面的な情報だけで「彼はダメ」と言い切ることはできないです。
その友人の存在が不安定な思春期の唯一の心の支えとなっている可能性もあるわけですから、下手に口出しをすると親子関係に決定的な亀裂が生じてしまうかもしれません。
強引な手段を選択できないとすると、親に出来ることは一つだけ。
それは息子の「友人を選別する能力」を信じることです。
この「友人を選別する能力」は、普段のしつけによって養うことができます。

人は、毎日の習慣の中で無意識に身についた「価値観」の物差しに従って、物事の善悪や好き嫌いを判断するようになっていきます。
この「価値観」が合わないと、長期間その相手と一緒に過ごすことが次第に苦しくなってきます。
自分から「おはよう」と声をかけたのに返事がない。
友人のためにバースデーイベントを企画してプレゼントを用意したけど、お礼もお返しもない。
待ち合わせ時間にはいつも遅刻してくるし、当然のような顔をしていて謝罪もない。
会えば人の悪口ばかり言っている。
そういう「違い」はお互いが認識しますから、自分にとって嫌だなと思う相手は相手にとってもそうであることが多く、「価値観」の合わない人間関係は自然消滅していきます。

成人になれば、「価値観」はそう簡単に変わりません。
そのため、講師の「価値観」を育成するという観点で、「御礼をメールする」ことを教えているわけではありません。社会に出たばかりの大学生が知らないのは「思い」をかたちにするための具体的手段なので、そのための方法論を教えているだけです。
なぜなら、仕事とは「思い」そのものには価値がなく、「思い」を具体的な行動にして初めて評価されるものだからです。
具体的の定義は、「他者が五感で認識できる」ということ
です。
そうすると、大半の講師は「なるほど、そういうものか」と素直に受け止め、行動に変えてくれます。
なぜなら、ベースとなる「価値観」がすでにしっかりと存在しているからです。
逆に、その「価値観」がない状態で具体的行動を要求されると、本人は嫌な気持ちになりますし、次第にこちらを敬遠するようになってきます。
これは狙い通りです。
(「価値観」のずれた人は、面接段階で不採用にするので、ほとんど入社してきませんが)
このようにして、プラスジムでは「人として当たり前のこと」を大切に考えることが出来る講師だけを教室に残すようにしています。

こうしたことを大切にしているのは、塾の仕事が生徒の将来に影響を与える仕事だからです。
良い「価値観」が良い人間関係の土台になります。
なるべく善良な「価値観」を持った大人と接してもらい、そのような「価値観」を身につけて、ここを卒業していってもらいたいという思いがあります。
将来、それが生徒を悪い人間関係から守ることにも繋がると考えています。