Vol.121 成績保証制度反対論
2020年07月14日更新
最近は流行がひと段落した感じがありますが、「成績保証制度」を掲げる塾がたくさんあります。
その大半は「成績が伸びなければ返金します」というもの。
今日はこのことについて書いてみます。
この制度をチラシなどで宣伝する塾が増えてきたのは15年前ごろでしょうか。
歴史的背景から振り返りを行います。
バブル崩壊後、日本経済の右肩上がりの成長は止まり、停滞の時代を迎えることになりました。平成の「失われた30年」で多くの企業経営者が直面したのは、自社の商品やサービスが売れなくなったという事実です。この間、中小企業庁のデータの倒産理由第1位は「販売不振」でほぼ独占状態となります。
そんな背景の中で、あるビジネススキルに注目が集まります。
それが「マーケティング」です。
本来の「マーケティング」は広い意味を持つ言葉なのですが、狭義に「マーケティング=お客様集めの方法論」と解釈されることも多く、それは「販売不振」に悩む経営者が喉から手が出るほどに欲していた知識でした。そういうニーズに合わせてマーケティング先進国であるアメリカから、新しい理論が次から次へと輸入されることになります。
その中の一つが「リスク・リバーサル」。
「その商品を選ぶことで生じるお客様のリスクを売り手であるあなたが肩代わりしましょう。リスクがなくなることでお客様はあなたの商品を買ってくれますよ。」というのが、「リスク・リバーサル」の基本的な考え方です。
この理論を早とちりして、「商品を購入することでお客様が失うのはお金だから、返金保証したらいい」と短絡的に考える企業経営者が様々な業界で続出します。いつ頃からか、「返金保証」を売りにした商品やサービスを目にすることが増えたと思いませんか?それらはすべてこの「リスク・リバーサル」というマーケティング概念の輸入に端を発しています。
ここから本題です。
塾業界でよく目にする「成績が伸びなければ返金します」ですが、そもそもこれは「リスク・リバーサル」になっていません。
もし、「リスク・リバーサル」のつもりでこの制度を準備しているのであれば、その学習塾経営者はどこかの塾を選ぶことによって生徒や保護者様に生じているリスクを「お金を失うこと」と考えていることになります。
とんでもない話です。
子どもに雑な指導をされて、本来は合格できたレベルの志望校に合格できなかったときに「返金します」と言われて、納得できるでしょうか?
その塾を選んだことによって、生徒や保護者様が失ったものはお金ではないですよね。
仮に、お金を全額返金されても、失われた時間や機会が戻ってくることはありません。つまり、返金によってリスク保証はできていないわけです。本気でリスク保証をしようと思えば時間を巻き戻すしかないわけで、そんなことはもちろん不可能ですから、学習塾というのは提供しているサービスの性質上、「リスク・リバーサル」は出来ない業界なのです。
多くの学習塾経営者は「リスク・リバーサル」の概念を知ったうえで、「成績保証制度」を設けているわけではないと思います。
なぜやっているかと言うと、となりの塾がやっているから。
仮に、似たようなA塾とB塾があったとしてA塾が「成績保証制度」をやりだしたとします。そうするとそれをやってないB塾はあたかも成績を伸ばすことに自信がない塾に見えてしまいます。しかも、そのことで生徒がどんどん集まらなくなってきたとしたら、どうでしょうか?B塾も「成績保証」をやらざるを得ない状況に追い込まれてしまうわけです。
ちなみに、「成績保証制度」で本当に損をしているのは誰でしょうか?
これは塾ではないのですね。
返金の原資となっているのは、「真面目に塾に通って成績を伸ばした生徒の授業料」です。成績が伸びなかった生徒は授業料を支払わないわけですから。つまり、保護者様の立場から見れば、誰かの返金の原資となる分の授業料をあらかじめ上乗せして支払わされているわけです。
その塾に通うことは本当に得をしていると言えるのでしょうか?
結論を言えば、どちらに転んでも損をすることになります。
こんな反論もあろうかと思います。
生徒全員の成績を確実に伸ばせばいいじゃないかと。
そうすれば1円も返金する必要はないし、授業料に返金分の金額を上乗せする必要もない。
たしかにその通り。
しかし、それが本当に可能なら、リスクは存在しないわけですから「保証」も不要です。
「必ず成績が伸びる塾です」と広報し、契約書にもそのように明記すればいい。
全国から生徒がやってくることでしょう。