Vol.084 君たちが学ばなければならない理由
2020年07月14日更新
浪人生時代。
「勉強は大学に入学するための手段」と完全に割り切って考えていた私でしたが、学ぶことそれ自体を楽しいと思えた科目もあります。
それが世界史です。
好きになった理由は先生の講義が抜群におもしろかったから。
その先生は、当時、河合塾の名物講師として全国の大学受験生から絶大な信頼を集めていらっしゃった青木裕司先生です。
青木先生の講義の真骨頂は、緻密かつ完璧に練り上げられた授業構成。次から次へと伏線が展開され、それが見事に回収されていく様はまるで一級品の映画のよう。
あまりに感動した私は、大学に合格してからも青木先生の講義を受講していたほどです。
大学受験も近くなったころです。
世界史を学ぶ意味など考えることもなく、ただ単純に「大学合格」と「楽しいから」という理由だけで突っ走ってきた私、教室にいる他の受講生もおそらく同じような感じだったのではないでしょうか。
そこまで必死で勉強をがんばってきた受験生を相手に、青木先生は「君たちが学ばなければならない理由」という壮大な伏線の回収をしてくれました。
伏線回収の題材は第二次世界大戦。
この戦争に関して正確な犠牲者数の統計は存在しないのですが、少なく見積もって5000万人以上、当時生きていた人の40人に1人以上が亡くなったという説もあります。これは人類の歴史で他に並ぶものがない規模の大惨事です。
1945年10月24日、この大戦への痛烈な反省から国際連合という組織が設立され、その流れで教育・科学・文化の普及を目的とする国際的な専門機関が誕生します。
この組織が、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization U.N.E.S.C.O.)です。
この設立の目的などについて述べたものがユネスコ憲章なのですが、この前文にユネスコの精神が述べられています。
青木先生は、この文章をゆっくりと力強い声で読み上げてくれました。
ユネスコ憲章前文
『この憲章の当事国政府は、その国民に代って次のとおり宣言する。
戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終りを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義をひろめることによって可能にされた戦争であった。
文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、且つすべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神をもって果さなければならない神聖な義務である。
政府の政治的及び経済的取極のみに基く平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない。
これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の充分で平等な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに探究され、且つ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達の方法を発展させ及び増加させること並びに相互に理解し及び相互の生活を一層真実に一層完全に知るためにこの伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。
その結果、当事国は、世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、国際連合の設立の目的であり、且つその憲章が宣言している国際平和と人類の共通の福祉という目的を促進するために、ここに国際連合教育科学文化機関を創設する。』
文部科学省ホームページより抜粋
この文章に出合った瞬間の感動は、いまでも鮮明に覚えています。
そして、18年間生きてきてはじめてでした。
「勉強って本当に大切なこと」と心の底から納得することができたのです。
受験勉強を開始してからその日にいたるまで、青木先生のおかげで世界史という科目と向き合うことができ、苦しい受験勉強を必死にがんばり続けてきました。
それだけの学習量(=経験)をこなした後だったからこそ、この文章の意味を理解することができたのだと思います。
経験より先に、この文章を知っても、きっと何一つ腹落ちしなかったことでしょう。
あの日の感動は教育者としての自分の、原点であり続けています。
平成は経済成長という観点からは反省の多い時代でしたが、日本が戦争を起こさなかった、巻き込まれなかったという意味では、後世から評価を得られる時代なのではないかと思います。
歴史の転換点だったのか、ひとときの凪か。
来る次の時代が、子どもたちの生命が脅かされるような世の中にならないことを願うばかりです。
今年一年、ありがとうございました。
2019年が皆さまにとっても平和でより良い一年でありますように。