Blog

Vol.028 「進学するのに良い高校かどうか」で受験校を選ぶのは限界がある
, ,

Vol.028 「進学するのに良い高校かどうか」で受験校を選ぶのは限界がある


2017年11月07日更新


前回記事で、進学する高校選びについて書かせていただきました。
一口に「良い高校」と言っても、生徒によって「良い」の基準は違いますので、受験校選びは難しいです。入学してから「調べておけばわかったはずのこと」で後悔しないために、学校見学や説明会への参加はしっかりされることをお勧めしていますが、究極的にその高校が「良い」か「悪い」かがわかるのは、入学してからの話です。
いいえ、それが本当にわかるのは30年後かもしれません。
「人生万事塞翁が馬」という故事がありますが、その出来事が良かったか悪かったかというのは、未来のある時点での「意味づけ」次第で、いくらでも変わります。
例えば、高校受験失敗を機に奮起して第一志望の難関大学に合格できれば、「高校受験に失敗して良かった」と本人は思うものだということです。

塾の仕事が学校の先生の仕事と異なるのは、高校に入学した後の本人たちの学習状況を深く把握しているということです。
前職時代も含めると、これまで千人を超える生徒と関わってきていますが、どんな「進学」がその生徒にとってベストだったのかというのは本当に難しい問題です。
人生は現在進行形で動いているので「良い」も「悪い」もそのときの状況次第なのです。
「いま」が良ければ、塞翁が馬のごとく、過去も「良い」と思っているのです、本人は。 「進学するのに良い高校」で高校選びをすることの限界がここにあります。
そこでお勧めしたいのが、「受験するのに良い高校」で受験校を決めるやり方。

「高校選び」において、何が正解なのかは難しいですが、確実に言えることが一つあります。
本人が最大限「成長」できるならば、その「高校選び」は正解ということ。
なぜなら、学校は「成長(※)」するための場所だからです。
(※成長の定義は様々ですが、成績に限らず、交友関係が拡がることなども含みます)
そして、その「成長」は「進学した先の学校で過ごす時間」だけではなくて「その学校に入学するために使われた時間」によってもなされます。
何が言いたいかおわかりになりますよね?
「受験という成長機会を最大限に活用せよ」ということです。

受験でなくとも、スポーツや芸術分野で突出した才能があるなら、それをがんばるのも良いでしょう。
どんな分野であれ、ハイレベルな環境には優秀な指導者や競争相手がいるからです。
勉強して偏差値を伸ばすことだけが「成長」でないことは、ここで述べるまでもありません。
ただ、これといって情熱を注ぐ対象もなく、ダラダラと貴重な時間を浪費するくらいなら、必死に受験勉強してください。
実のところ、まわりがほぼ全員受験生なので、こんなに勉強をしやすい時期はないのです。
進学校に進学しない場合、こんな好機は一生を通じて二度とないとも言えます。
大学受験は?と思われるかもしれません。
しかし、大学受験は高校受験のようにはならないです。
大学受験しない高校生がいるからではないです。
実はいま、私大志望の過半数の高校生は(学科試験のない)推薦入試やAO入試で大学に合格しています。
この傾向は入試難易度の低い大学においてより顕著です。
高校3年生の秋、あなたの進学する高校の大学進学率がそこまで高くなかった場合・・
教室の中で、2月の大学一般入試に向けて受験勉強をしているのはあなただけという事態も充分に考えられます。

高校受験で何を身につけなければならないか?
勉強の「型」、これに尽きます。
ここで勉強の「型」を身につけず高校に進学した場合、その先には大変な苦労が待っていますから。

■勉強の「型」とはなにか?
Vol.020 圧倒的に伸びる「勉強の仕方」は見た目も美しい

そうした意味で、高校受験生の安易な併願優遇逃れは私も反対の立場です。
「悪魔の誘惑」に負けないでください。