Vol.105 高学歴という幻想

Vol.105 高学歴という幻想



2019年05月28日投稿
2020年07月14日更新



行動経済学の創始者の一人で2002年にノーベル経済学賞を受賞されたダニエル・カーネマンという学者がいます。幸福研究の第一人者としての顔もある方なのですが、氏が2006年に『Science』誌で「Focusing Illusion(フォーカシング・イリュージョン)」という概念を提唱されました。

わかりやすく説明します。
仮に、「良い大学に合格すると幸せになれる」と考えている高校生がいたとしましょう。
この高校生は「良い大学に合格=幸せ」「良い大学に合格できない=不幸せ」のように、良い大学に合格できるかどうかを境界線として、自分の幸せを考えていることになります。
しかし、良い大学に合格することと、幸せになれるかどうかは別問題です。
それにも関わらず、こうした特定の価値を得ることが幸福に直結すると考えてしまう人間の傾向を
ダニエル・カーネマン博士は「Focusing Illusion(フォーカシング・イリュージョン)」と名付けました。
日本語訳すると、「幻想に焦点を当てる」といった意味合いになるのですが、「〇〇すれば幸せになれる」の〇〇はまさに幻想です。

人は誰でも幸せになりたいと願う生き物ですが、幸せには実態がありません。
拠りどころとなるものがないと精神的に不安ですから、「〇〇できれば、幸せになれる」と人は次第に「何らかの状態」に対して幸せを求めるようになります。
これまでの日本の教育というのは、学歴と幸せを結びつけ、「良い大学に合格できれば、豊かで幸せな人生を過ごせる」と錯覚させながら、子どもたちやご両親の精神的な不安の矛先を勉強に向かわせようとするように機能してきました。
良識あるご両親が考えておられることは、今も昔も変わらず、「子どもに幸せな人生を送ってもらいたい」であり「良い大学に合格すること」ではないはずです。
しかし、実際の教育現場で起きていることは、今も昔も変わらず、偏差値競争なのです。
国家が豊かでない時代には「高学歴=経済的安定=幸せ」の公式が上手く機能していました。
しかし、いまはどうでしょうか?
日本は経済的に豊かになりました。
豊かになったことで価値観が多様化し、それに伴って幸せの基準もバラバラになっています。
それぞれに合う「幸せのかたち」を考えていかなければならない時代になったと言えます。

「西高校(地域最難関の公立高校)が一番良い高校ではない。」という話を私はよくします。
入試偏差値ランキング表は上から良い学校順に並べた表ではありませんから。
西高校は、東大のような最難関の大学を目指す人にとっては一番良い高校かもしれませんが、サッカーで全国大会出場を目指す高校生にとっては一番良い高校とは言えません。
大切なことは、自分がなにをその高校に求めるかなのです。
これを学校選びの「物差し」と私は言っています。

「何をもって良い高校とするのか、まずはこの物差しづくりを手伝ってあげてください。」
自分の子どもが初めて学校選びをすることになる保護者様に向けて私がいつも言っていることです。
そういう物差しの存在を教えてあげないと、偏差値ランキング上位校は「良い高校」、下位校は「悪い高校」という偏った考え方になってしまいます。
先ほど述べた通り、人間には「Focusing Illusion(フォーカシング・イリュージョン)」という、状態を自分の幸せと結びつけて考えてしまう傾向があります。高校受験が上手くいけばよいですが、何らかの理由で上手くいかなかった場合には、「こんな高校に進学することになって、自分は不幸だ。」という間違った考え方に結びついてしまいかねません。こんな姿勢のままで高校に通ったとしても、本人にとって良い時間にならないことは説明するまでもないでしょう。

このような前提をすべて承知した上で、それでも私は自分の実力よりも高いレベルの高校へ挑戦することを多くの生徒に推奨し、生徒もまたそれを実現しようと頑張っています。
それが都立受験コースです。

Vol.028 「進学するのに良い高校かどうか」で受験校を選ぶのは限界がある

「最難関校が一番良い高校なわけではない」という主張と矛盾するようですが、矛盾していません。
価値観の「物差し」がしっかりあるのであれば、たとえ中学生であっても、その「物差し」に従って高校選びをすれば良いと思っています。
しかし、多くの中学3年生は「これだ!」と言い切れる「物差し」を見つけることができません※。
(※発見できなくても、周囲の大人の協力を得て、それを探そうとする姿勢はとても大切です)
「これかな?」と思っても、その仮説に納得できるだけの人生経験を積んでいないからです。

Vol.092 受験の重要性を子どもが理解できない理由

自分の仮説に自分で納得することができない。
そうであるなら、その生徒に足りていないのは人生の経験値です。
そうした生徒が受験直前の1年間に、自分の経験値を最大化できる道を選ぶことは非常に有益ですし、合理的な選択です。
また、「自分を成長させる」という観点で選んだ難関校であるなら、仮に落ちても自己否定にはつながりませんよね。

しかし、この方法を使った受験校選びを推奨できるのは高校受験までです。
可能であれば、大学選びからは自分の価値観に基づいた進路選びをしてもらいたい。
大学生の就職活動で「とりあえず難関企業を」となると、少し問題がありますね。
社会や自分自身のことについて、あまりに何も考えてこなかったことを反省すべきです。
今の時代を生きる人は、可能であれば高校2年生、どんなに遅くても大学3年生になるまでには「〇〇すれば、幸せになれる」的な発想からは卒業するべきでしょう。
「〇〇すれば」は、もはや幻想なのですから。


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