
Vol.198 Connecting the dots
2021年03月23日更新
個人的な意見にはなりますが、現時点で21世紀の名スピーチを挙げよと言われたら、2005年スタンフォード大学の卒業式で故スティーブ・ジョブズ氏が行ったものか、2008年のバラク・オバマ氏の勝利演説か、いずれかだと思っています。
熱狂的なファンも多いジョブズ氏のスピーチは、知る人にとってはあまりにもよく知られた内容です。そのため、今さら「こういうお話があってね・・」と持ち出すことに若干の心理的抵抗はあるのですが(笑)、最高の題材であることには違いないので、たまに引用をして学生に話をしています。
その昔、高校英語教科書の三省堂『CROWN English Reading』にも全文が掲載されていました。
スピーチは、3つの話で構成されているのですが、その一つが「Connecting the dots」です。
ひと言で要約すると、「人生の先を見通して経験(the dots)を積み上げることは不可能だ」というメッセージになります。ジョブズ氏が自らの体験として紹介しているのは、興味関心のおもむくままにカリグラフィー(文字芸術)の授業に潜り込んで勉強していた若い頃の話。そこでカリグラフィーについて学んだことが、結果として、マッキントッシュが世界で初めて複数の書体を表示して印刷できるコンピューターになることにつながっていったわけです。重要なのは「将来、美しい書体を使えるコンピューターを開発してやろう」という問題意識を持って、カリグラフィーを学んでいたわけではないということ。あとで振り返って、こうした自分の中にある「経験(the dots)」を「つなぐ(Connecting)」ことしか出来ない、とジョブズ氏は言います。
カリスマ、天才、異端児・・、ジョブズ氏にはそうした形容詞がぴったりですが、ここで述べられているメッセージはとても人間的です。「僕だって、最初からわかっていたわけじゃないんだよ」と。だから、この話は多くの人の共感を集めるし、おそらく色々なところで、色々な大人がこの話を若い人に紹介していると思います。おそらくいまの私のように。
ところが、こういう風に生きていくことは普通の感覚を持つ人にとって、かなり難しいことのように感じています。やはりジョブズ氏が特別な人だから出来たのだと思うのです。
普通の人は、なにに繋がるかわからない経験(the dots)を積むのは不安なのです。
成功する起業家はリスクに対する感覚が普通の人とはかなり異なります。
人生に革新性や刺激を求める傾向も強く、安定や安心は二の次、三の次であることも多い。
そういう人と自分を同じように考えても人生はなかなか上手くいきません。思い切った道を選択したところで、不安で落ち着かない毎日を過ごすことになるでしょう。過剰な不安は日々の生産性を下げますから、これでは逆効果です。
だから、私は人生設計を持つこと自体は大半の人にとって有用なことであると考えます。
そのように未来が拓けていくからではなく、「いま」をより充実して過ごすために。
しかし、真実は、自分が役に立つと思って積み重ねている経験(the dots)は人生で何の役にも立たないかもしれない。逆に、将来何の役にも立たないと思って積み重ねている経験(the dots)によって人生が変わるかもしれない、そういうものだと思います。
「Connecting the dots」で、私が最も好きなのは以下の1文です。
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
将来、その経験(the dots)がどうにかして繋がると信じなければならない。
卒業の季節です。
4月から新しい環境へ旅立つことになる人たちがいます。
これまで取り組んできた経験は、新しい環境ですぐに役立ちそうなものもあれば、まったく役立ちそうにないものもあると思います。
しかし、どんな経験であっても、生かすも殺すもすべては自分次第。
だからこそ、「経験(the dots)」が、いつか「つながる(Connecting)」と信じること。
それが自分だけの人生を創り上げる上で大切な心構えなのではないでしょうか。